玄人好みの大学留学

現在、学力の低下、学級の崩壊という、いわゆる教育問題が人びとの話題になっています。
教育の問題は、教育する側と、教育される側とに分けられるでしょう。
先生・学校・親たちの側と、児童・少年少女の側というこの二つです。
そこで、中心的な役割を果たすのは、当然、学校の先生ということになるでしょう。
どういう先生がいいのだろうか。
こういういい先生がいる、こういう先生がこういうことをやって教えている、それによって。
生徒が先生と一緒に勉強する気になり、あるいは物を作ったり考えたりする、やる気を起こす、具体的に、こういうふうに先生に教えてもらってよかった、あるいは、こういうやり方がある。
という実例を出す必要かあると思うのです。
学校の制度かどう変わるにせよ、あるいは社会がどうなって行くにせよ、先生というものはどのようにして、相手に向かい、相手に教え、相手の個性を引き出し、相手を生かそうとするのか、ということを示す具体例がほしい。
たとえを申しますと、非常に古い例になりますけれど、昔日本では、中学生以上は『論語』という本を一部分でも読みました。
『論語』とは、ある限られた一つの社会、儒教社会の考え方です。
儒教社会の生き方、やり方を語っているわけですから、ある限定されたものではあるけれども、『論語』を読むと、孔子が人間というものを深く理解していて、教えるときにはどういう心掛けがいるのかを、いろいろ語っています。
それは決して、いわゆる道学先生というような堅苦しいことを言っているわけではない。
人間とはどんな弱点、どんないい所をもっているものなのか、二千何百年たった今日にも通用する優れた洞察がそこに語られています。
その意味では、やはり『論語』をよく読むのは、よい教師になるために十分役に立つだろうと思っています。
しかしなにせ、古い二千年も前の、しかも儒教という限られた精神構造の社会の中での考え方を基礎にしているわけですから、『論語』をそのまま現在にもってくることはできません。
では、どういう先生がいい先生なのかという具体例を挙げたいものだとかねて思っておりました。
そして今回、著者の一人、Uがチェロをお習いしたH先生の教育についての考え方、教育の仕方が非常に立派であるところから、教育についてのH先生との対談をぜひこの本に収録したいと計画しておりました。
ところが非常に残念なことに今年の夏、突然H先生はお亡くなりになってしまわれました。
しかし、H先生のご家族と音楽についてお話を交わすことができて、結果としてはH先生がじかにお話しになったよりも、かえって我々によく伝わってくることもあるかと思われるのです。
われわれはぜひ、この対談を学校の先生、教育の関係者、親、生徒自身に、よく読んでみていただきたいと思います。
教育ということの根本をしっかりやり抜いていらした方の姿がここにある。
それでその対談を、この本の巻頭に置くことにしました。
まずこれを読んでいただきたいと思います。
次に、学力低下といわれていることは、実際、どういう状態なのか。
この状態か進んでいくと、何が起こりそうなのかということをUが詳しく書きました。
Uは学校の教育の問題に以前から深い関心をもっており、研究会に出席したり、実際に高等学校の先生、生徒とじかに接して、いろいろ方法を工夫したり、問題点を・認識したりして来ました。
そうした観点から、学力低下とは何か、これが進行するとどうなるかを記述しました。
これをお読みになると、「なるほど」と個々の狭い領域からの見聞が、さまざまな具体例によって裏打ちされるでしょう。
かねて不安だとお考えになっている親御さんたちは、自分たちの子どもが置かれている状況の具体例を見て、認識を新たにされるでしょう。
学力低下は現実の問題として起こっているわけですが、では、学校はただ先生が怠けているから駄目になったのかというと、決してそうばかりではありません。
先生は一生懸命働いておいでになるのに、なかなかうまく行かない。
そこに何かがあるのです。
先生につぐ教育の一つの中心点である学校は、教育基本法という法律に基づいて運用されています。
それをもとにして、学習指導要領というものを、文部大臣か公示という形で世間に流布します。
国語問題のときには、漢字制限や音訓など国語審議会で決定したことを内閣告示という形式で示すことによって、官庁に対する制限があたかも全国民に対する法律であるかのごとく人びとに受け取られ、それが世間に行われました。
そういう手法によって、文部省は学習指導要領を通して、教育を文部省の考える方向へ動かしているのです。
文部省は教育委員会を通し、学校長を通じて、方針を先生たちにいろいろな形で行きわたらせます。
「こういうことは教えてはいけない」とか。
「この先を教えてはいけない」とか、「授業時間数はこうせよ」とか、そうした法律的な規定によって教育の枠づけがなされています。
今、何を、どこを変えなければいけないのか。
変えるときには、どこに向けて変えなければならないのか。
ただ「問題だ、問題だ」と親御さんや学者、評論家が議論しても全然役に立たないのです。
国語問題のときもそうでした。
文筆家たちがいろいろなことを言っても、役所では取り上げませんでした。
内閣告示という、あたかも法律であるかのように受け取られる手段を用いたので、いくら大声をたてても何の効果もなかったのです。
今回の新学習指導要領の場合も同じです。
新しい学習指導要領かできて、二〇〇二年から施行されることは既定事実のようになっています。
それが行われることが、どんなに日本の国語教育、広く言語教育、数学教育、あるいは理科教育の基本を弱め、崩すか。
考え方のどこに見落としがあるかということにはっきりと気づいて、事の進行を止めなければいけません。
今、何をしなければいけないのかと言えば、二〇〇二年の学習指導要領案を行わないように先生たち、親たちが求めること、それが必要なことです。
このUの記述から、それを読み取ることができると思います。
自分が知っている小学校、中学校が、「ははあ、こういうシステムで上から枠づけされて運用されているのだ」ということ、これを変えるにはどうしなければならないのかという問題がはっきりとここで出てくると思います。
ここまでか「学校」の問題です。
生徒に関しては、現代社会がどんどん変わっていって、努力をしないでもいろいろなものが食べられる、生きていかれる。
勝手気ままなことをやっていても毎日を結構楽しく過ごすことができる、という考え方が少年少女に行きわたっています。
子どもは学校で勉強をしなくてもいいのだと思うようになっているのです。
基本的な事実の学習、基礎教育の不足から(ことに二〇〇一年の学習指導要領の施行によってこれが増大します)、勉強がわからなくなってしまっています。
そのために、「自由」と「勝手」との区別をつけられない子どもたちが勝手放題をする方向へ行っていると思うのです。
第四章で対談をしていただいたK)さんは、小学校と大学との両方を教えたという国語教育のベテランです。
小学校と大学の現場からの指摘が数々あります。
この章をお読みいただくと、現在の教育の状況がよくおわかりになると思います。
二一世紀は地球環境問題をはじめとして、多くの困難な問題か待ちかまえています。
この困難に立ち向かう勇気と未来への希望を育むたしかな学力を子どもたちが持つことを希望しています。
M)とUはそのために役立ちたいと考えて、この本を編集しました。
U)この本を出そうという話が起こったときに、私は真っ先にH先生と対談させていただきたいと思ったのです。

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